なぜ人事制度は形骸化するのか?②
— 管理職が人事制度を使いこなせない本当の理由 —
前回のコラムでは、人事制度が「評価のときだけ使われる」組織に共通する状態を整理しました。評価制度や等級制度は整備されているにもかかわらず、日常業務でほとんど使われない背景には、業務の論理と人事制度の論理が噛み合っていないという構造的な問題があることを指摘しました。
この問題を考えるとき、多くの組織では「制度の内容に問題があるのではないか」「説明が不足していたのではないか」という方向で改善が模索されます。しかしその視点だけでは、本質的な課題を捉えきれません。制度を日常のマネジメントで使いこなせない背景には、現場の管理職側に深い構造的な問題があります。
では、なぜ管理職は制度を使いこなせないのでしょうか。
本コラムでは、「管理職と制度の関係」に焦点を当て、制度が現場で機能しない構造を紐解いていきます。
目次
管理職が制度を使いこなせない組織の特徴

制度が整備されているにもかかわらず、現場で活用されない組織には共通した特徴があります。それは、管理職と制度の間に「距離」が生まれていることです。
多くの組織では、人事制度は人事部門が設計し、現場の管理職が運用する仕組みになっています。制度が完成すると、管理職向けの説明会や資料が配布され、「制度を理解した」という状態がゴールとして扱われます。しかしその後、「日常のマネジメントでどのように使うか」という設計はほとんどされません。
その結果、管理職にとって人事制度は「説明を受けたことがある制度」ではあっても、「日々の業務で活用するツール」にはなりません。
評価面談の場でのみ制度が呼び起こされ、それ以外の場面では「自分のマネジメント経験やスタイル」での判断や指導をします。制度は管理職の手元に届いているようで、実際には活用されないまま棚に置かれている状態と言えます。
この構図は、人事部門と管理職の間の「役割の断絶」とも言えます。組織では、人事部門は制度を作り、管理職は現場を回します。しかし、その2つの役割がうまく接続されていない組織では、人事・評価制度は「人事が管理するもの」という暗黙の認識が根付き、管理職が自分ごととして捉えることが難しくなります。そして多くの場合、この状態は人事部門によって問題として認識されないまま放置されています。
なぜ管理職は人事制度を使いこなせないのか

管理職が現場で人事制度を使いこなせない背景には、複数の要因が絡み合っています。
表面上は「忙しいから」「研修が足りないから」と語られることが多いですが、実態はより構造的な問題です。ここでは、考えられる4つの要因を紹介します。
要因① 制度の目的が腹落ちしていない
「なぜこの制度が存在するのか」「何を変えるために設計されたのか」を自分の言葉で語れない管理職は少なくありません。
導入時の説明会でひと通り話を聞いたとしても、「理解した気になっている」だけでは、実際のマネジメント場面で制度を活用することはできません。目的が見えない制度は、管理職にとって「従わなければならないルール」であり、「使いたいツール」にはなりません。
要因② 制度と給与・処遇の連動が弱い、あるいは管理職がその連動を理解していない
年功序列的な賃金体系が残る組織では、評価の結果が社員の給与にほとんど反映されないケースがあります。そうした環境では、管理職は無意識に制度を「やっても給与は変わらないもの」として捉えるようになります。
制度が社員の生活や報酬に実際に影響を与えるという実感が乏しければ、管理職がそれを重要なものとして扱う動機は生まれません。制度が軽く扱われる背景には、設計の問題依然に、処遇との連動性の弱さがあります。
要因③ 制度を使ったフィードバックのトレーニングが不足している
評価項目や行動指針を「知っている」ことと、それに基づいて部下に「具体的なフィードバックができる」ことは、まったく別のスキルです。
しかし多くの組織では、制度の理解研修はあっても、「制度に基づいてどう伝えるか」という実践的なトレーニングはありません。結果として、管理職は「何を言えばいいか分からない」という状態で評価面談に臨み、評価制度に関する言語ではなく、自分の感覚と経験で話すことになります。
要因④ プレイングマネジャーとしての構造的なジレンマ
現場業務を自分でも担う管理職は、部下より専門性や生産性が高いとは限りません。特定の業務では部下のほうが優れているケースもあります。そのような状況で、制度に基づいて「こうあるべきだ」と指導することへの心理的な躊躇が生まれやすくなります。「自分だってできていない部分があるのに」という引け目が、制度を使った率直なフィードバックを遠ざける要因になります。
制度とマネジメントの距離が生む問題

制度が日常業務の中で参照されない状態が続くと、どのような問題が生まれるのでしょうか。
主に見られる4つの問題を紐解きます。
問題① 制度が「行動を育てる基準」ではなく、「評価の手続き」になる
最も大きな影響は、制度が「行動を育てる基準」ではなく、「評価の手続き」として固定化されることです。
管理職にとって評価制度は、期末に書類を埋める根拠として機能するものになり、部下の日常行動とのつながりが失われていきます。評価シートの項目は埋まっていても、それが日々の業務指示やフィードバックの内容とつながっていない状況が常態化します。
問題② 評価と日常行動が切り離される
この状態では、部下も「評価=後から決まるもの」という認識を持つようになります。
「日々の行動をどう変えれば評価につながるか」が見えないまま業務をこなし、評価面談の場で初めて「こう期待していた」「この点が評価に影響した」と伝えられる経験が積み重なると、評価への不信感や納得感の低下が生まれます。「結局、何をどう頑張ればいいのか分からない」という声は、まさにこの状態を反映したものです。
問題③ 制度への信頼が蓄積されない
また、制度と給与の連動が弱い組織では、この問題がさらに深刻です。
部下の側も「頑張っても給与が変わらないのなら、評価の言葉に重みを感じにくい」という状態に陥ります。管理職のフィードバックが制度の言語で語られたとしても、それが自分の処遇に影響しないと感じれば、受け取る側の真剣度は下がります。制度の形骸化は、連動性の欠如によって加速します。
問題④ 管理職ごとのマネジメント格差が広がる
さらに長期的には、管理職ごとのマネジメント格差が組織内に広がっていきます。
「制度を使って育成する管理職」と「経験と感覚で進める管理職」の差が生まれ、部下の成長機会がどの管理職のもとにつくかによって大きく左右される状態になります。これは組織としての人材育成の一貫性を損なう問題であり、人事部門がこの格差を把握・是正しない限り、静かに広がり続けます。
制度運用の中心は管理職である
人事制度が現場で機能するかどうかは、制度の内容だけでなく、管理職がどのように使うかに大きく左右されます。どれだけ精緻に設計された制度も、日常のマネジメントで活用されなければ、変化を生むことはできません。
制度が機能している組織では、管理職が制度を「評価のためのルール」ではなく、「部下を育てるための共通言語」として使っています。
たとえば、
・1on1の場で評価の観点を共有する
・業務の優先順位を決める際に行動指針を参照する
・フィードバックの言葉に制度の言語を織り交ぜる
こうした日常の積み重ねが、制度と行動をつなぐ回路を形成します。

しかしその前提には、組織内に、「評価が処遇に反映される仕組み」と、「制度が社員の生活やキャリアに影響を与えるという実感」があることが不可欠です。
そのためには、制度を設計する人事部門と、制度を運用する管理職の間に「翻訳」が必要です。
人事部門の言葉で書かれた制度を、現場の管理職が日常業務の中で使える言葉と場面に落とし込む設計が欠かせません。「この評価項目は、日々のどの業務で、どんな判断につながるのか」を具体化する作業こそが、人事部門の重要な役割のひとつです。制度を作って終わりではなく、管理職が制度を使えているかをモニタリングし、必要なサポートを提供し続けることが、人事部門に求められる姿勢です。
評価データや目標の進捗を日常的に可視化し、管理職が制度に基づいた判断をしやすい環境を整えることも、この「翻訳」を支える有効なアプローチのひとつです。
制度の情報が管理職の業務ツールと連動していることで、「見ようとしなければ見えない」制度から、「自然と参照される」制度へと変化していきます。
制度運用の主体は現場の管理職ですが、管理職がその役割を担えるかどうかは、人事部門がどのような環境を整えているかにかかっています。制度設計と管理職支援は、切り離すことのできないセットとして考える必要があります。
「管理職が制度を使いこなせない本当の理由」まとめ
管理職が制度を使いこなせない背景には、以下のような複合的な要因があります。
・制度の目的が腹落ちしておらず、制度を使う意義を見出せていないこと ・評価と処遇の連動が弱く、制度を運用しても報われる実感を得にくいこと ・フィードバックのトレーニングが不足し、制度を活用するスキルが身についていないこと ・プレイングマネジャーとしての業務負荷が高く、制度運用が後回しになりやすいこと ・こうした状況を是正・支援してこなかった人事部門に課題があること |
これらはいずれも、制度の内容の問題ではなく、制度を「誰が・いつ・どう使うか」という設計と支援の問題です。制度の形骸化を防ぐためには、人事部門が「制度を作る担い手」から「制度が使われる仕組みを設計し、管理職を支援する担い手」へと役割を広げていく必要があります。
制度は整えるだけでは機能しません。
管理職が日常のマネジメントの中で制度を使いこなせる状態を作ることが、人事施策に対する行動変容への第一歩です。
次回は、「人事の意図が現場で翻訳されない理由」をテーマに、人事部門と管理職・現場の間にある情報のギャップと、その橋渡しをどう設計するかを掘り下げます。
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