人事が“制度担当”で終わってしまう組織の限界
本連載ではこれまで、5回にわたり現場で起きている人事課題を掘り下げてきました。
・管理職が制度を使いこなせない理由(第3回)
・人事の意図が現場で翻訳されてしまう構造(第4回)
・育成施策が成果に結びつかない設計ミス(第5回)
・1on1が形骸化する構造(第6回)
・評価に納得感が生まれない背景(第7回)
各回で扱った問題は異なりますが、いずれの回も共通して、
「人事部門は制度を作って終わりにせず、現場での運用実態を見届け、可視化し、ずれを修正し続ける役割を担うべきである」
という結論に至りました。
しかし、こうした役割を十分に果たせている組織は、決して多くないのが現実です。
日本の人事部「人事白書2025」によると、企業の約9割が戦略人事の重要性を認識している一方、実際に「機能している」と回答したのは約3割にとどまっています。また、8割の人事部門が管理業務に追われている実態も明らかになっています。
出典:日本の人事部「『日本の人事部 人事白書2025』発刊」プレスリリース(NEWSCAST、2025年7月2日配信)
https://newscast.jp/news/7513487
現場での運用実態を「見届ける人事」はなぜ実現されにくいのでしょうか。本コラムではその構造を整理し、人事部門が組織変革の推進役へと役割を広げるために必要な視点を解説します。
人事が“制度担当”にとどまっている組織の共通点
人事部門が「見届ける」機能を果たせていない組織では、共通した特徴があります。

特徴① 制度の整備・更新・説明に時間の大半を費やしている
評価シートの見直し、等級基準の更新、導入時の説明会の実施、そして新たな制度の設計。こうした、制度を「作る仕事」が人事業務の中心となっている組織では、制度の完成そのものがゴールになりがちです。その結果、現場でどう使われているかを確認しないまま、また次の制度作りへと着手することが常態化します。
特徴② 制度が「使われているか」を確認するプロセスがない
制度の説明を終えた後、現場での活用状況を確認する仕組みを持たない組織が多く見られます。モニタリングがなければ形骸化を検知できず、調査などで問題が表面化したときだけ対応する受け身の姿勢が定着します。
特徴③ 現場からの声を吸い上げる仕組みがない
管理職が制度をどう使っているかといった活用状況や、部下が評価結果にどれだけ納得しているかといった現場の「声」が届いていない組織では、実態が見えないため、人事部門は常に「おそらくうまくいっているはず」という仮定で業務を続けることになります。アンケートや面談など、日常的に声を集める仕組みがなければ、問題は蓄積されていきます。
特徴④ 人事業務が「言われたことをこなす」機能にとどまっている
経営層の指示や現場の要望対応で手いっぱいになっている人事部門では、自分たちが何を解決すべきかを考える余裕が生まれません。制度作りを依頼される立場と、課題を構造的に分析して解決する立場は本質的に異なる機能です。前者だけで手いっぱいになる組織では、後者の視点が空白になります。
なぜ“見届ける人事”を目指しながら、“制度担当”から抜け出せないのか
ここまで見てきた状況は、人事担当者個人の意欲や能力の問題ではありません。「見届ける機能」を持てない構造的な要因が、人事部門を「制度担当」にとどめています。

要因① 人事部門を評価する軸が「制度の運用管理」に置かれている
人事部門が何をもって「良い仕事」とされるかは、組織内でどう認識されているかに左右されます。「制度を整備する」「導入する」「説明会を実施する」といった活動が評価される組織では、制度を使って現場が変わったかどうかという成果は評価に反映されません。人事部門を評価する軸が制度設計・導入に偏っている限り、人事は自然と制度作りに力を注ぎ続けます。
要因② 経営との接点が乏しく、組織課題の識別が求められていない
人事白書2025では、戦略人事が機能しない原因として「人事部門のリソースの問題」55.3%に次いで、「経営陣の問題」54.1%、「人事部門の位置づけの問題」48.4%が上位に挙げられています。
出典:日本の人事部「人事白書2025 https://jinjibu.jp/article/detl/hakusho/3816/
経営層との対話の機会が少ない組織では、人事が「組織の中長期的な課題は何か」を考える機会を持てず、現場から上がってくる要望や問題への対応に追われ続けます。
要因③ 仕組みを整える責任の所在が定まっていない
「見届ける」ためには、見るための仕組みが必要です。現場の声を拾う仕組みが整わないのは、それを誰がいつまでに整えるのか、責任の所在が組織の中で定まっていないためです。制度作りには締め切りと担当者が明確に存在する一方、運用実態を継続的に把握するための基盤づくりには、期限も担当も割り当てられないことがほとんどです。その結果、優先順位が上がらないまま先送りされ続け、人事は常に「おそらくうまくいっているはず」という仮定の中で業務を続けることになります。
要因④ 人事自身が「言われたことをやる」意識にとどまっている
制度作りを繰り返す中で、人事担当者自身が「制度を整備するのが人事の仕事」という自己認識を持っている場合があります。組織の中で「制度を通じて現場を変える」という役割意識を持ったことがなければ、見届けるところまでの役割拡張は個人の問題意識に左右されます。これも、スキルではなく役割設計の問題です。
“制度担当”にとどまることで起きる問題 ― 連載全体を通して見えてきたこと
これまでの各回で指摘してきた問題は、実はすべて「人事が現場での運用実態を見届けていない」ことの結果として起きていました。連載全体を通して整理すると、次のような構造が見えてきます。
問題① 管理職が制度を使いこなせないまま放置される(第3回)
管理職が制度を使いこなせない背景には、次のような要因があります。
・制度の目的が共有されていない
・日常業務との接続が設計されていない
・フィードバックのトレーニングがない
これらが起きる根本には、人事が評価制度を導入した後の現場の実態を十分に確認していないことがあります。見届けていれば早期に手が打てる問題が、調査などのタイミングで初めて表面化する状態になっています。
問題② 意図のずれが検知されず広がり続ける(第4回)
人事制度の意図が現場に正しく伝わらない背景には、制度の言葉の抽象性、現場業務との接続不足、管理職の個人的な価値観への依存といった要因があります。こうした要因が重なると、人事の意図とは全く異なる解釈が現場に広がります。運用状況を定期的に確認する仕組みがなければ、「本来の意図とのずれ」はそのまま蓄積され、最終的には「制度への不信」として現れます。
◆第4回 「人事の意図が現場で“違う意味に翻訳される”のはなぜか?」を読む◆
問題③ 育成施策が成果に結びつかない状態が続く(第5回)
育成施策が成果に結びつかない背景には、育成の目的が曖昧であること、研修と現場業務が結びついていないこと、管理職が育成に関わる責任を負っていないことがあります。
ここにも、人事が現場の実態をこまめに確認しフィードバックする仕組みの不在があります。育成が「人事が届ける施策」にとどまる限り、日常業務の中で機能する仕組みにはなりません。
◆第5回 「育成施策が成果に結びつかない組織の設計ミス」を読む◆
問題④ 1on1ミーティングの形骸化が見えないまま続く(第6回)
1on1の形骸化が見えないまま続く背景には、実施率の数字だけを追い、対話の内容を把握できていないことがあります。そのため、人事は形骸化を検知できません。人事が現場のデータを持たず、管理職ごとの運用実態を把握できない状況が積み重なることで、対話の文化そのものを形骸化させてしまいます。
◆第6回 「1on1が形骸化する組織で起きていること」を読む◆
問題⑤ 評価への不信感が蓄積されていく(第7回)
評価への不信感が蓄積される背景には、評価者間の解釈のずれ、フィードバックの質のばらつき、人事が運用実態を把握できないことなどの要因があります。
◆第7回 「納得感のある評価が機能しない組織の盲点」を読む◆
これらはそれぞれ個別の要因に見えますが、共通しているのは「人事が現場の運用実態を見届けていない」という構造です。評価に対する不信感は、実は人事部門が現場の評価プロセスを把握できていないことの表れなのです。
人事が“見届ける役割”を実現するために必要な視点
制度担当から抜け出すには、人事部門が自分たちの役割を再定義し、それに応じた業務設計と評価軸の変革が不可欠です。ここでは、そのための具体的な視点を整理します。

視点① 「制度を作る」から「制度が使われているかを見届ける」へ役割を広げる
制度を完成させるだけでなく、完成後に「実際に使われているか」「意図通りに機能しているか」を確認する作業を、人事業務の一環に組み込むことが出発点になります。具体的には、制度導入から半年後・1年後に定期的な「運用実態確認」の機会を設けると、課題を早期に把握しやすくなります。
視点② 現場の実態をデータで把握する手段を持つ
「見届ける人事」を実現するうえで実践的な手段が、データの活用です。人事システムやタレントマネジメントシステムを活用して、評価の記録、1on1の実施状況、育成の進捗状況を可視化することで、従業員一人ひとりの人財情報を一元的に蓄積・活用できる基盤を整えることができます。
その結果、人事部門は現場ごと・管理職ごとの運用のばらつきを定期的に把握できるようになります。異常値を検知したら迅速にフォローできる体制を整えることが、「見届ける人事」の基盤になります。
視点③ 経営と現場をつなぐ「翻訳者」として機能する
人事部門が現場の実態をデータで把握できるようになれば、その情報を経営層に届ける「翻訳者」として機能できます。
たとえば、「現場はこんな問題を抱えている」「制度のこの部分は機能していない」をデータとともに示すことで、人事は制度管理者から組織課題の共同解決者へと位置づけを変えていきます。半期ごとに「制度の運用実態レポート」を経営層に届ける機会を設けることが、最初の一歩となります。
視点④ 小さな成功体験を積み重ね、経営層の信頼を得る
人事部門が経営層に信頼されるためには、全社規模の大きな改革を打つ必要はありません。特定の部署や管理職層で小さく実践し、変化をデータで示すことから始める方が、「見届ける人事」の実現への近道です。小さな成功事例を具体的に語れる人事担当者が組織内に増えることで、はじめて人事の役割定義が変わり始めます。
「人事が“制度担当”で終わってしまう組織の限界」のまとめ
人事が“制度担当”にとどまる背景には、以下の構造的な要因があります。
・制度の整備、導入、説明が人事業務の中心を占めていること
・人事部門を評価する軸が制度を「作る」機能に置かれていること
・現場の実態を把握するデータ基盤と機会が整っていないこと
・経営層との対話の機会が少なく、接点をつくる仕組みが整っていないこと
これらはいずれも、人事担当者個人の能力や意欲の問題ではなく、組織設計と役割定義に起因する課題です。本連載で繰り返し伝えてきた「見届ける人事」を実現するには、制度の完成をゴールとする役割から、制度が機能しているかを継続的に確認する役割へと、人事部門の役割そのものを定義し直すことが求められます。
次回は「DXを導入しても業務が変わらない理由はどこにあるのか」をテーマに、制度だけでなく、システムやツールの導入においても同様の形骸化が起きる構造について掘り下げます。
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