労働者から労災請求された場合の会社の対応について
こんにちは。特定社会保険労務士の溝口知実です。
「従業員がうつ病になり休職することになった。本人は長時間労働を強いられてうつ病になったので労災の請求をして欲しいと要求している。会社は認めなければならないのか。」というご相談を、たまにお受けします。
業務上に起因する事故による怪我など明らかに労災である場合はともかく、うつ病などの精神疾患においては、業務上であるか否かは判断が難しいところです。また、業務上による労災と会社が認めた場合、会社は安全配慮義務を怠ったとして損害賠償請求されるリスクも抱えています。今回は、労働者から労災請求された場合の会社の対応についてお話ししたいと思います。
労災の請求は会社が行うもの、という既成概念がありますが、労災の請求は本来、労働者本人(死亡の場合は遺族)が行うものです(労働者災害補償保険法第12条の8 第2項)。
会社が労災の請求手続をするのは、あくまで本人の手続を代行しているにすぎません。しかし、労災請求書類を作成する上で、会社の労働保険番号など、会社の人事部等でなければ知りえない情報を記入する必要もあるため、会社が作成し労働基準監督署に提出した方が手続上スムーズであり、また一般的でもあります。実務上は、明らかな労災である場合(調理人が調理中にやけどをした等)は、書類作成などの手続を本人任せにするのではなく、会社が対応しスムーズな請求を行い労働者の負担を軽減すべきでしょう。
しかしながら、前述のうつ病などの精神疾患に罹患した場合、発症の原因が業務上によるものなのか判断がつかないケースもあります。長時間労働を強いられた、パワハラを受けた等によりうつ病となったと労働者から労災の請求書の作成を求められた場合に、会社は、労災認定されれば労働者が治療費を負担せずに済むし、労災給付は会社が負担する必要はないからと、労働者の要求通りに安易に労災請求に応じがちです。
しかし、労災請求の際にうつ病の原因が会社にあったことを証明してしまうと、後日労災請求とは別に、労働者から安全配慮義務を怠ったとして会社に対して民事上の損害賠償請求をされた場合に、訴訟の場で会社に責任はないと主張することは矛盾する行為となり、訴訟対応に苦慮することになります。
それでは、業務上によるものか判断が困難な場合、会社側はどのように対応すべきでしょうか。まず,勤務時間や時間外労働時間の確認や過度な負担の有無、パワハラ等について上司や同僚等に聴取を行い、事実関係の調査・確認をします。精神疾患を労災と判定する基準については、厚生労働省より「心理的負荷による精神障害の認定基準」が定められていますので、この基準を参考にするとよいでしょう(詳細については、厚生労働省のHPで確認できます)。ただしあくまでも労災の認定をするのは労働基準監督署です。また、労働者の意思が固ければ労災請求を妨害することはできません。
会社の判断と労働者の意見が相違している場合は、労働者本人に労災請求書を記載してもらい、会社は請求書の疑義のある箇所(たとえば災害の原因及び発生状況等)について別途理由書(書式は自由)を作成し事実を確認できない、または事実と相違しているため証明できない旨記載し、請求書および理由書を所轄労働基準監督署に提出します(事業主からの意見の申出については、「事業主は、当該事業主の事業に係る業務災害又は通勤災害に関する保険給付の請求について、所轄労働基準監督署長に意見を申し出ることができる。」と労働者災害補償保険法施行規則第23条の2に規定されています)。
請求書等が提出されると、労働基準監督署は、労災認定を行うか否かの審査をしますが、調査のため会社には申立書および関係書類の提出が求められます。また労働基準監督署の担当官による関係者(上司・同僚等)への聴取も行われます。なお、労災の認定結果は直接労働者に通知され、会社には通知されません。
以上、労災請求におけるリスクと対応策について述べましたが、無用なトラブルを避けるためにも会社側は、労働者の主張をよく聞いた上で、客観的事実や調査をもとに判断した結果証明ができない旨の説明を誠実に尽くし、また、労働基準監督署への調査対応にも適切に応じるべきでしょう。
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