副業・兼業を適正に運用するための留意点
目次
こんにちは。特定社会保険労務士の溝口知実です。
正規雇用が縮小され、非正規雇用が大幅に増加するといった状況の変化とともに、労働者側の副業や兼業を含め多様な働き方を求める意識が高まっています。そんな中、2017年に政府が公表した「働き方改革実行計画」の中で「柔軟な働き方への移行」として、副業・兼業を容認するという方向性が示され、2018年には「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が公表され、副業・兼業を促進するものとなっています。今回は、副業・兼業に関し適正に運用するための留意点についてお話します。
副業・兼業のメリットと留意点
現状ではほとんどの企業で副業・兼業は就業規則等で原則禁止となっています。理由としては、自社での業務がおろそかになること、情報漏洩のリスク、競業・利益相反になる、就業時間や健康管理の取扱いのルールが不明確であることが挙げられます。
「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、副業・兼業における労働者と企業それぞれのメリットと留意点が示されています。
労働者のメリットとしては、スキルや経験を得られ主体的にキャリアを形成することができる、自己実現を追求することができる、所得が増加する、将来の起業・転職に向けた準備・試行ができることが挙げられますが、留意点としては、労働者自身による就業時間や健康の管理や職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を意識することの必要性、雇用保険等の適用がない場合があることが挙げられます。
一方、企業側のメリットとしては、知識・スキルの獲得、労働者の自律性・自主性を促すことができる、優秀な人材の獲得・流出の防止、事業機会の拡大を挙げていますが、留意点としては、必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務をどう確保するかという懸念への対応の必要性を挙げています。
副業・兼業を認める場合の留意点
今後副業・兼業について検討する際に、企業側はどのような点に留意すべきでしょうか。
・許可制から届出制への移行
ガイドラインでは、副業・兼業は従来の「許可制」から、「届出制」を認める方向で検討することを求めています。
また、労務提供上の支障や企業秘密の漏洩等がないか、長時間労働を招くものとなっていないかを確認するため、労働者に副業・兼業の内容等(自己申告のほか、労働条件通知書や契約書、契約締結前であれば募集に関する書類)を労働者に申請・届出させることを提案しています。企業としては副業・兼業について実態を把握した上でどのような形態(許可制、届出制)が望ましいか、更に職務専念・秘密保持・競業避止規定等を検討し、就業規則でしっかりとルールを明確化することが重要です。
・労働時間管理・健康管理
労働基準法第38条では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されています。なお、「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含みます(労働基準局長通達昭和23年5月14日基発第769号)。この点について企業は留意する必要があります。A社で6時間勤務する労働者が新たにB 社で3時間労働することになった場合、労働時間は通算され、計9時間となります。1日の法定労働時間8時間を超える場合、B社は超えた分の1時間分の割増賃金を支払わなくてはなりません。
また、副業を認めれば、長時間労働や不規則な労働による健康障害のリスクが高まることも認識しておく必要があります。労働者の健康状況を適時把握し、必要に応じて時間外・休日労働の免除や抑制等を行うなど、それぞれの事業場において適切な措置を講じることが求められます。
・兼業・副業をする労働者の労働保険、社会保険の扱い
労災保険は、それぞれの事業所で適用になります。労災給付の給付基礎日額は労災事故が発生した就業先の賃金分のみに基づき算定します。なお、A社から副業先のB社へ向かう際に通勤災害にあった場合はB社の通勤災害として扱われます。
雇用保険は、複数の事業所で雇用保険に加入の要件(31日以上の雇用見込、週20時間以上勤務)に該当した場合であっても、1つの事業所でのみ適用することとなります。どちらの事業所の適用になるかは、原則として、生計を維持するため必要な主たる賃金を受ける雇用先企業での適用となります。
社会保険(健康保険・厚生年金保険)の適用要件(1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が正社員の4分の3以上、ただし従業員501人以上の企業は別要件有)は、事業所毎に判断されるため、複数の事業所で社会保険の加入要件を満たさなければ、いずれの事業所においても適用されません。反対に、複数の事業所において適用要件を満たした場合は、「健康保険厚生年金保険被保険者所属選択届・二以上事業所勤務届」を、選択した事業所を管轄する年金事務所に提出します。社会保険料はそれぞれの事業所の報酬月額を合算し決定した標準報酬月額の保険料を、事業所ごとに標準報酬月額の比率で按分して納付します。
-
第68回令和7年4月施行 「出生後休業支援給付」、「育児時短就業給付」の創設について
-
第67回令和7年4月1日施行 育児休業給付金延長申請手続きの厳格化について
-
第66回本年10月からの社会保険の適用拡大について
-
第65回令和6年4月施行 障害者法定雇用率の引上げと障害者雇用促進法の改正について
-
第64回キャリアアップ助成金「正社員化コース」の拡充について
-
第63回2023年9月改正「心理的負荷による精神障害の認定基準」について
-
第62回解雇の種類とその要件について
-
第61回自動車運転業務における時間外労働の上限規制の適用と2024年問題について
-
第60回令和6年4月施行 労働条件明示のルール変更及び裁量労働制の新たな手続きについて
-
第59回本年4月に中小企業に適用される月60時間超の時間外労働の割増賃金率の引上げについて
-
第58回キャリアアップ助成金正社員化コース 令和4年10月からの変更点
-
第57回育児介護休業制度10月1日改正内容と社会保険料の免除について
-
第56回令和4年10月以降の地域別最低賃金額について
-
第55回複数の事業所で社会保険に加入する場合の取扱いについて
-
第54回令和4年10月 社会保険適用拡大に向けての企業の対応について
-
第53回令和4年4月 人事労務関連の法改正情報
-
第52回複数の事業主に雇用される65歳以上の雇用保険マルチジョブホルダー制度とは
-
第51回脳・心臓疾患の労災認定基準の改定について
-
第50回本年6月に公布された改正育児・介護休業法の概要について
-
第49回夫婦共働きの場合の健康保険被扶養者認定基準の改定について
-
第48回短期在留外国人に支給される「脱退一時金」の支給上限の引上げについて
-
第47回障害者の法定雇用率の引上げと障害者雇用のための支援制度について
-
第46回新型コロナウイルスに感染した場合は労災保険の対象となるか
-
第45回「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の改定について
-
第44回雇用保険の被保険者期間算定方法の変更、基本手当の給付制限期間の短縮について
-
第43回雇用調整助成金その2 雇用調整助成金の拡充(助成額上限の引上げ等)について
-
第42回新型コロナウイルス感染拡大防止のための雇用調整助成金の特例措置について
-
第41回同一労働同一賃金の基本的考え方
-
第40回歩合給制運用の留意事項について
-
第39回パワハラ防止法成立~企業に義務付けられる防止対策~
-
第38回社会保障協定の概要について
-
第37回新在留資格「特定技能」の創設に伴う外国人雇用の今後
-
第36回副業・兼業を適正に運用するための留意点
-
第35回年次有給休暇の取得義務化に向けた対応策
-
第34回過労死ラインの長時間労働と働き方改革関連法
-
第33回健康保険の被扶養者認定の厳格化について
-
第32回夏休みの労務管理上の留意点について
-
第31回改正労働契約法と改正労働者派遣法による2018年問題とは
-
第30回割増賃金の計算を正しく行うための留意点
-
第29回年次有給休暇の基準日を設ける場合の留意点
-
第28回出向と転籍の相違点とその運用について
-
第27回平成29年10月改正の育児・介護休業法の概要について
-
第26回年金受給資格期間の短縮による外国人従業員への影響について
-
第25回就業規則に休職制度を規定する際の留意点
-
第24回定額残業代 運用上の留意点
-
第23回離職票作成をめぐるトラブルと留意点
-
第22回2017年の労働関連・社会保険関連の主な動きについて
-
第21回「夫に先立たれた9年間を幸せに生きる妻の本」人事担当者の方向け 活用のポイント
-
第20回長時間労働の抑制を目指す「勤務間インターバル規制」とは
-
第19回来年1月施行予定の介護休業制度の改正について
-
第18回雇用保険関連の法改正(保険料率の変更と高齢者の適用拡大)
-
第17回今後企業に求められる障害者雇用対策
-
第16回短時間労働者に対する社会保険の適用拡大について
-
第15回パワーハラスメントの防止策-コミュニケーション環境を整える
-
第14回一億総活躍社会―企業における影響は?
-
第13回女性活躍推進法の成立の背景と概要について
-
第12回二重派遣と偽装請負の問題点
-
第11回派遣と請負・業務委託―適正な活用のための留意点
-
第10回派遣労働の現状と労働者派遣法改正案の概要について
-
第09回雇用関係の助成金 申請のメリットと留意点
-
第08回育児期間中の短時間勤務 労務管理上のポイント
-
第07回「ワーク・ライフ・バランス」が経営戦略と言われる理由とは?
-
第06回労働者から労災請求された場合の会社の対応について
-
第05回労働時間の判断基準とは
-
第04回採用内定の法的な性格「始期付解約権留保付労働契約」とは
-
第03回人事担当者が知っておきたいマタニティハラスメントへの対応策
-
第02回高年齢者雇用活用の留意点
-
第01回職場における熱中症対策と労災認定