兼業や副業の場合の割増賃金と今後の方向性
目次
最近では、副業や兼業を行うことは珍しいことではなくなりました。その中で割増賃金の計算などについては、現在のルールと実態がマッチしていないのではないかといった指摘があります。
厚生労働省が、2025年1月に「労働基準関係法制研究会」の報告書を公表しました。この研究会では、労働基準関係法制について包括的かつ中長期的な検討と併せて、労働基準法の見直しについて具体的な検討も行われています。
報告書によると、「副業・兼業の場合の割増賃金」についても検討が行われています。今後、法律が検討内容のとおりになるかどうかは不明ですが、今後の方向性を知っておくことは企業経営にとって有益だと思います。
今回は、副業・兼業の場合の割増賃金と今後の方向性についてみていきたいと思います。
副業や兼業を行った場合の労働時間の考え方について
労働基準法第38条第1項では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」とされています。
簡単に言えば、午前中に4時間働き、午後に5時間別の会社で働いた場合は、その日の労働時間は9時間としてカウントされるということです。
ただし、業種や契約形態によって、労働時間の通算が行われない場合もありますので、通算できないケースを以下にまとめておきます。
1)労働基準法がそもそも適用されない場合
(例:フリーランス、独立、起業、共同経営、アドバイザー、コンサルタント、顧問、理事、監事等)
2)労基法は適用されるが、労働時間規制が適用されない場合
(農業、畜産業、養蚕業、水産業、管理監督者、機密事務取扱者、監視・断続的労働者、高度プロフェッショナル制度が適用される労働者)
割増賃金率について
労働基準法上定められている労働時間である「1日8時間」「1週40時間」を超えた場合には、割増賃金の支払い義務が発生します。
割増賃金率については、以下のように定められています。
・時間外労働・・・2割5分以上(1か月について60時間を超える場合は5割以上) ・休日労働・・・3割5分以上 ・法定労働時間内の深夜労働・・・2割5分以上 ・時間外労働が深夜に及んだ場合・・・5割以上 (1か月について時間外労働が60時間を超える場合は7割5分以上) ・休日労働が深夜に及んだ場合・・・6割以上 |
副業や兼業を行った場合の時間外労働の計算方法について
複数の事業所で労働した時間を通算した結果、法定労働時間を超えて労働した場合は、割増賃金を支払う必要があります。この割増賃金の支払い義務を負うのは、「本業」と「副業・兼業」のそれぞれのケースがあります。
どちらが副業や兼業先になるかについては、現在の法律では時間の長短ではなく、先に労働契約を締結した先が「本業」、後に労働契約を締結した先が「副業・兼業」と考えます。
労働時間の通算は、原則として以下の手順で行います。
1)本業先(先契約)の所定労働時間 2)副業・兼業先(後契約)の所定労働時間 3)先に労働した先の所定外労働時間 4)後に労働した先の所定外労働時間 |
このように所定外労働時間については、本業か副業・兼業かにはかかわらず、実際に発生した所定外労働時間から通算することになります。
少しややこしいと思いますので、いくつか例をあげてみていきたいと思います。
例1)A社(本業)で所定の8時間勤務した労働者が、その日の勤務終了後にB社(副業・兼業)で所定の3時間勤務した場合
A社の労働時間は8時間であるため、残業を行わない限りA社には割増賃金の支払い義務はありません。B社で勤務するときには、すでに8時間労働を行っているため、B社で労働する時間はすべて法定時間外労働時間となります。
そのため、B社で労働した3時間はB社での所定労働時間であってもすべて法定時間外労働となり、B社は割増賃金の支払いを行わなければなりません。
例2)B社(副業・兼業)で所定3時間、残業3時間勤務し、その後A社(本業)で所定3時間、残業1時間勤務した場合
まず、A社の所定労働時間とB社の所定労働時間は合計6時間であるため、この時間に対する割増賃金の支払い義務は両社ともありません。
次に残業時間については、先に労働したB社から考えていきます。A社とB社の所定労働時間の合計で6時間になっていますので、B社の残業時間のうち、2時間は1日8時間以内ですが、1時間は法定時間外労働となります。そのため、B社はこの1時間について、割増賃金の支払いを行う必要があります。
A社の残業時間については、すでにB社の残業時間までで法定労働時間に達していますので、法定時間外労働となり、割増賃金の支払い義務が発生します。
例3)A社(本業)で、月曜日から金曜日まで所定労働時間の8時間勤務し、土曜日にB社(副業・兼業)で所定労働時間の5時間勤務した場合
A社での1日の労働時間は8時間です。月曜日から金曜日まで5日間あるので、週の労働時間は40時間となります。週40時間であれば、法定労働時間内の労働となるためA社に割増賃金の支払い義務は生じません。
B社で土曜日に5時間労働すると、すでに労働時間が週の法定労働時間に達しているため土曜の労働はすべて法定時間外労働となります。そのため、B社は5時間の労働に対して割増賃金の支払いを行わなければなりません。
このケースで、A社・B社とも所定労働時間を超えて残業を行った場合は、当然割増賃金の支払いが必要になります。
労働基準関係法制研究会の報告書の内容について
現行ルールを確認したところで、報告書の内容をみていきたいと思います。報告書では、以下の内容が記載されています。文章が長くなってしまうので、筆者が要約をしています。
1)割増賃金の計算のために本業先と副業・兼業先の労働時間を1日単位で細かく管理しなければならないことなど、複雑な制度運用が日々求められるものとなっている。このことが、企業が雇用型の副業・兼業を自社の労働者に許可することや、副業・兼業を希望する他社の労働者を雇用することを難しくしていたり、労働者が企業に申告せずに副業・兼業を行う要因の一つになったりしている可能性がある。 2)企業が雇用型の副業・兼業を自社の労働者に許可しないことで、労働者が副業・兼業を行うことを諦めることにつながっている可能性がある。 3)副業・兼業が使用者の命令ではなく労働者の自発的な選択・判断により行われるものであることからすると、使用者が労働者に時間外労働をさせることに伴う労働者への補償や、時間外労働の抑制といった割増賃金の趣旨は、副業・兼業の場合に、労働時間を通算した上で本業先と副業・兼業先の使用者にそれぞれに及ぶというものではないと整理することが可能である。 4)労働者は使用者の指揮命令下で働く者であり、使用者が異なる場合であっても労働者の健康確保は大前提であり、労働者が副業・兼業を行う場合において、賃金計算上の労働時間管理と、健康確保のための労働時間管理は分けるべきと考えられる。 |
これらの現状を踏まえて、今後は、労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては、通算を要しないよう、制度改正に取り組むことが考えられる。
以上が報告書の内容になります。実務的に考えても、本業と副業・兼業の労働時間を算定することは相手側の労働時間を把握する必要があり、煩雑な作業です。報告書通りにルールが変更された方が、時代にマッチしているかもしれません。
厚生労働省としては、企業負担を減らして副業や兼業を促していきたいと考えているようです。今後、法改正される可能性がありますが、現時点では何も決まっていません。
自社に、副業・兼業を行っている方がいる場合は、現状のルールで正しく労働時間が通算されているか確認するとともに、今後の動向を注視しておくようにしましょう。
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