精神障害と労災認定
目次
近年、精神障害による労災の請求が急増しています。これらの請求原因の多くは、「長時間にわたる残業やセクハラ・パワハラ等を受けることによって精神障害を発病してしまった」というものです。
国も精神障害の労災認定を迅速に行うことを目的として、平成23年12月に「心理的負荷による精神障害の認定基準」を新たに定めました。
今回は、精神障害による労災の認定について見ていきます。
<労働者災害補償保険とは?>
労働者災害補償保険(以下「労災保険」といいます。)は、業務上の事由や通勤によって従業員が負ってしまった怪我、病気、障害、死亡等に対して必要な保険給付を行うことを第一の目的とした保険制度です。
労災保険から保険給付を受けるためには、「業務上の事由」によることが条件となります。それでは、業務上の事由とはどのように判断するのでしょうか?
業務上の事由と判断されるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つの条件を備えていることが必要になります。いずれか一方が欠けてしまうと業務上の事由とは判断されず、労災保険の給付を受けることができなくなります。
また、労災保険法上、通勤災害は「従業員が通勤に起因して被った災害」と定義されています。そのため、帰宅途中に「ちょっと一杯」などと寄り道をすると、原則として通勤災害として認められなくなります。
<業務遂行性の具体例>
業務遂行性の具体的な例は、以下のとおりです。
(1)事業主の支配・管理下で業務に従事している場合
・担当業務、事業主からの特命業務や突発事故に対する緊急業務に従事している場合
・担当業務を行う上で必要な行為、作業中の用便、飲水等の生理的行為や作業中の反射的行為等
(2)事業主の支配・管理下にあるが、業務に従事していない場合
・休憩時間中に会社内で休んでいる場合
・始業前・始業後の自由時間中
(3)事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合
・出張や社用での外出、運送、配達、営業などのため事業場の外で仕事をする場合
・会社以外の就業場所への往復、食事、用便など会社以外での業務に付随する行為を行う場合
<業務起因性>
業務起因性は、先ほどの業務遂行性の(1)に該当する場合は、従業員の業務中の行為や事業場の施設・設備の管理状況などが原因となって災害が発生したと考えられます。そのため、従業員が故意に災害を発生させた等の理由がない限り、業務起因性が認められます。
業務遂行性の(2)に該当する場合は、出社して会社内にいる限り、事業主の施設管理下にいるのですが、休憩時間や始業前・終業後は実際に仕事をしているわけではありませんので、行為そのものは私的行為になります。そのため、業務遂行性は認められますが、業務起因性が否定されるため、原則として労災とは認められません。
最後に(3)ですが、出張等の場合は、事業主の管理下を離れていますが、事業主の命令を受けていることになりますので途中で私的行為を行わない限り、業務遂行性と業務起因性が認められます。また、休憩時間に食事に出る場合は、会社施設内であれば認められますが、施設外での災害は認められないことになります。
<精神障害の発病についての考え方>
精神障害は、外部からのストレス(仕事によるストレスや私生活でのストレス)とそのストレスへの個人の対応力の強さとの関係で発病すると考えられています。
発病した精神障害が労災認定されるのは、その発病が仕事による強いストレスによるものと判断できる場合に限ります。仕事によるストレス(業務による心理的負荷)が強かった場合でも、同時に私生活で強いストレス(業務以外の心理的負荷)があったり、その人の既往症やアルコール依存等(個体側要因)が関係している場合には、どれが発病の原因なのか医学的に慎重に判断する必要があります。
<精神障害の労災認定要件>
精神障害が労災認定されるための要件は、以下の(1)~(3)すべての要件に該当することが必要になります。
① 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
② 認定基準の対象となる精神障害に発病前おおむね6ヵ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③ 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
(1)と(2)の要件を読んでも漠然としすぎていてなかなかイメージが湧きにくいと思います。まず、(1)の「認定基準の対象となる精神障害を発病していること」ですが、『精神および行動の障害』という下記の分類表を用いて評価をします。
業務に関連をして発病する可能性のある精神障害の代表的なものには、うつ病(F3)や急性ストレス反応(F4)などがあります。
次に、(2)「認定基準の対象となる精神障害に発病前おおむね6ヵ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」について見ていきましょう。この要件については、『業務による心理的負荷評価表』を用いて評価を行います。
この評価表は、業務上のストレスをレベリングして評価します。今回は、スペースの都合で評価表は記載しませんが、インターネットで検索すれば簡単に見ることができます。業務による強い心理的負荷が認められる例としては、発病直前の1ヵ月におおむね160時間以上の時間外労働を行った場合等があげられます。
最後に、業務以外の心理的負荷による発病かどうかの判断基準ですが、(2)と同様に『業務以外の心理的負荷評価表』により判断します。この評価項目には、金銭関係や事件・事故、災害等の経験等の基準が6項目あり、従業員が置かれている状況を当てはめて、業務外のストレスの強さを判定します。
労災認定がなされると、会社は「安全配慮義務に違反した」として、従業員から損害賠償や慰謝料を請求される可能性があります。金額もかなり大きい額になってしまうため、会社経営を行う上で労災はできるだけ回避したい事項です。
突発的に労災事故が発生してしまうケースもありますが、長時間にわたる時間外労働やセクハラ・パワハラは、事業主が未然にマネジメントし、コントロールすることが可能です。一度、自社の労働環境の点検を行ってみてはいかがでしょうか?
-
第135回健康保険証の廃止
-
第134回育児介護休業の改正
-
第133回労働時間の適正な管理方法
-
第132回バス運転者の改善基準告示~その3
-
第131回バス運転者の改善基準告示~その2
-
第130回バス運転者の改善基準告示~その1
-
第129回タクシー、ハイヤー運転者の改善基準告示~その2
-
第128回タクシー、ハイヤー運転者の改善基準告示
-
第127回トラック運転者の改善基準告示~その2
-
第126回トラック運転者の改善基準告示~その1
-
第125回運送業における時間外労働の上限規制
-
第124回建設業における時間外労働の上限規制
-
第123回最低賃金の対象となる賃金
-
第122回医業における時間外労働の上限規制
-
第121回年次有給休暇と割増賃金
-
第120回会社の管理職と労基法の管理監督者
-
第119回運送業と建設業の労働時間の上限規制
-
第118回給与のデジタル通貨払い~その2
-
第117回給与のデジタル通貨払い
-
第116回障害者雇用率の引き上げ
-
第115回健康経営について
-
第114回社会保険加入の勤務期間要件の変更
-
第113回勤務時間中の喫煙と休憩時間
-
第112回男女の賃金の差異の情報公表~賃金差異の計算方法
-
第111回男女の賃金の差異の情報公表
-
第110回アルコールチェックの義務化
-
第109回新型コロナウイルス感染症の後遺症の労災認定
-
第108回労働時間の判断基準
-
第107回労働時間と休憩時間
-
第106回夜勤シフトと休日の関係
-
第105回有給休暇の買上げ
-
第104回2022年の法改正項目~社会保険の適用拡大と女性活躍法
-
第103回2022年の法改正項目~育児介護休業法の改正
-
第102回2022年の法改正項目~パワーハラスメントの防止対策
-
第101回休憩時間のルール
-
第100回労働者代表の選任
-
第99回令和3年 育児休業法の改正について~その2
-
第98回令和3年 育児休業法の改正について
-
第97回過労死の労災認定基準
-
第96回テレワーク時の労災~通勤災害
-
第95回テレワーク時の労災~その1
-
第94回70歳までの雇用延長~その2
-
第93回70歳までの雇用延長~その1
-
第92回同一労働同一賃金と最高裁判例
-
第91回増加する兼業・副業~その3 通算労働時間の確認方法
-
第90回増加する兼業・副業~その2 労働時間の通算
-
第89回最低賃金の引上げ
-
第88回コロナ感染と通勤災害
-
第87回コロナ感染と労災認定
-
第86回パワハラ防止法~その8
-
第85回パワハラ防止法~その7
-
第84回パワハラ防止法~その6
-
第83回パワハラ防止法~その5
-
第82回パワハラ防止法~その4
-
第81回パワハラ防止法~その3
-
第80回パワハラ防止法~その2
-
第79回パワハラ防止法~その1
-
第78回労働者派遣法の改正~労働者の待遇の情報提供
-
第77回労働者派遣法の改正~その2
-
第76回労働者派遣法の改正~その1
-
第75回1号特定技能外国人の判断基準~その2
-
第74回1号特定技能外国人の判断基準~その1
-
第73回新しい在留資格
-
第72回有期労働契約の解除
-
第71回働き方改革~新36協定の内容
-
第70回働き方改革~36協定の締結内容の変更
-
第69回働き方改革~同一労働同一賃金
-
第68回働き方改革~産業医の活用と機能強化
-
第67回働き方改革~高度プロフェッショナル制度
-
第66回働き方改革~フレックスタイム制の改正
-
第65回働き方改革~その2
-
第64回働き方改革~その1
-
第63回安全衛生管理体制~その2
-
第62回安全衛生管理体制~その1
-
第61回会社が行う健康診断~その2
-
第60回会社が行う健康診断~その1
-
第59回就業規則のいろはのイ
-
第58回労働契約の申込みみなし制度
-
第57回改正労働者派遣法の2018年問題
-
第56回いよいよ始動する無期転換ルール
-
第55回働き方改革を実現するために(その4)
-
第54回働き方改革を実現するために(その3)
-
第53回働き方改革を実現するために(その2)
-
第52回働き方改革を実現するために(その1)
-
第51回病気療養のための休暇や短時間勤務制度
-
第50回年次有給休暇の取得率の向上と一斉付与
-
第49回労働時間等見直しガイドラインの活用
-
第48回テレワークの導入と労働法の考え方
-
第47回管理職と管理監督者の違い
-
第46回同一労働同一賃金の行方
-
第45回時間外労働、休日労働に関する協定の重要性
-
第44回育児・介護休業法改正と会社の対応 ~その5 子の看護休暇等の改正ポイント~
-
第43回育児・介護休業法改正と会社の対応 ~その4 育児介護休業規程の改正ポイント~
-
第42回育児・介護休業法改正と会社の対応 ~その3 子の看護休暇等の改正ポイント~
-
第41回育児・介護休業法改正と会社の対応 ~その2 介護休業の改正ポイント~
-
第40回育児・介護休業法改正と会社の対応 ~その1 育児休業の改正ポイント~
-
第39回本年中に実施が義務付けられたストレスチェック制度~その5 高ストレス者への面接指導の方法と注意点~
-
第38回本年中に実施が義務付けられたストレスチェック制度~その4 高ストレス者の選定基準と診断結果の通知~
-
第37回本年中に実施が義務付けられたストレスチェック制度 ~その3 調査票作成編~
-
第36回本年中に実施が義務付けられたストレスチェック制度 ~その2実施方法編~
-
第35回本年中に実施が義務付けられたストレスチェック制度 その1
-
第34回在宅勤務制度と事業場外労働の規程例
-
第33回通勤災害の対象となるケース
-
第32回ついに成立した改正労働者派遣法~その3
-
第31回ついに成立した改正労働者派遣法~その2
-
第30回ついに成立した改正労働者派遣法~その1
-
第29回いよいよ通知がはじまるマイナンバー
-
第28回日本で働くことができる外国人
-
第27回いよいよ成立が見込まれる労働者派遣法
-
第26回休職中の社会保険料の取扱いと休職規定サンプル
-
第25回慶弔休暇のルールは就業規則等で明確にしておこう
-
第24回来年1月開始~マイナンバー制度 その3
-
第23回来年1月開始~マイナンバー制度 その2
-
第22回来年1月開始~マイナンバー制度 その1
-
第21回パートタイム労働法の改正と社会保険の適用
-
第20回急増する労務トラブルの解決機関にはどのようなものがあるか
-
第19回精神障害と労災認定
-
第18回解雇は最終手段?
-
第17回今の法律でもできる、成果で従業員を評価する仕組み
-
第16回労働組合のない会社必見!!~労働組合の基礎知識~
-
第15回残業代を定額で支払うのは
-
第14回法改正が続く有期雇用労働者との雇用契約
-
第13回どんな業種でも起こる労働災害の申請手続き
-
第12回賞与を支給すると逆効果??
-
第11回インターン生であれば労働者ではないのか
-
第10回会社に有給休暇を買い取ってもらえるようになる?
-
第09回アルバイトが引きおこす「悪ふざけ」への人事的対応
-
第08回大々的に行われる「ブラック企業」対策